希望とはなにか(2011.3.31)

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起業後、870日目。今日は、「希望とはなにか」について。

東北関東大震災が起こって、20日目。放射能漏れ、電力不足、工場や流通の乱れ、また、それに伴う、日経平均株価、GDPの低下など、日本全体が、大きな困難に直面している。

救いは、震災前より震災後の方が、「希望」という言葉が溢れていることだ。今、テレビの中、雑誌の記事、ツイッターのタイムラインなど、普段は口にしない人まで「希望」を口にしている。

そして今後、政府や地方自治体、経済界の重鎮などが「希望の国」とか「夢と希望の◯◯」といったような感じで、希望を語りはじめるだろう。

でも、「希望」ってなんだろうか?この辺の定義が曖昧だと、「美しい国日本」が、なんだったのか分からないままに終わったように、せっかく生まれた希望がついえてしまうのではないか、と危惧している。

僕は、創業以来、「希望が生まれるシカケをつくる」という理念を掲げて、「希望」について考えてきた。

途中、自分で考えてもよく分からなかったので、「希望学」を研究している玄田有史先生の著作を読み、先生に会いに行ってお話したこともある。

震災によって生まれた「希望」を絶やすことなく、増幅させるために、僕が分かっている範囲で、「希望とはなにか」ということについて、共有したい。
※以下は、玄田先生の考えではなく、参考にさせて頂いた上で、僕個人が勝手に考えていることだ。

希望とは、「可能性」と「関係性」と「物語性」の3つを高いレベルで維持しつつ、「理想を実現するために行動する」とき、最大化されるものだ。

「可能性」とは、「自分は、困難な状況を乗り越えられる」と思える度合いのことだ。この度合いは、「年齢」「お金」「健康」「教育」によって、大きくなったり、小さくなったりする。

「関係性」とは、その人が築いてきた人間関係のことだ。家族や親友のような「頻繁に会う、強い絆」と同窓会など「たまにしか会わない、ゆるい絆」の双方が、大木を支える根のように、四方八方に張り巡らされている状態が望ましい。

「物語性」とは、希望が失望に変わったとき、次の新しい希望へ、
試行錯誤の上、柔軟に修正して歩みだす、映画の主人公のような性質のことだ。
自分が体験した挫折を素直に認め、言語化し、他人へ物語として共有する際に、増幅される。

例えば、自分には可能性がなく、頼りになる家族、友人、知人もいない。そして、一度失敗したらもう終わりだ、と考えてしまう人の気持ちを想像してみてほしい。困難を前に、絶望するだろう。そういうことだ。

だから、以上の3つを、困難を乗り越えたり、やり過ごすに足るレベルまで、引き上げておく必要がある。

最後に、「理想を実現するために、行動する」についてだが、コレが、現代の先進国では難しい。なぜなら、物質的に豊かになったので、特別理想を掲げて行動しなくても、生きていけるようになったからだ。

困ったことに、我が日本では、特にそうだ。2000年に村上龍氏が書いた『希望の国のエクソダス』という小説の中に、「この国にはなんでもある。本当にいろいろなものがある。ただ、希望だけがない」という一文があるが、同じことを言っているのだと、僕は解釈している。

特に、若い人たちに顕著だ。僕は個人的に、大学3年生を対象にした「就活相談会」を行っているが、僕のブログを訪れる人のうち、よく検索されるキーワードのTOP3は、以下の通りだ。

1位「就活 やりたいこと」
2位「就活 やりたいことがない」
3位「本当にやりたいこと」

日本の若い人たちが、「理想を実現するために、行動する」どころか、深く思い悩んで、立ち止まっている様子が分かるだろうか。以上、僕が分かっている範囲の「希望」とは、このようなものだ。

最後、日本のような先進国、特に若い人たちは、「理想を実現するために、行動する」ことが難しくなっていることに触れた。

これは、日本が生み出す希望の量という点においては、とても明るい話題とは言えない。お先真っ暗な感じさえする。

ここで、明るい話をする。

今回の震災で、人生観変わった人は多いと思う。

しかし今回、人生観に影響を与えた発見って、全くもって新しい発見じゃなくて、前から思ってたことが確信に変わるような発見じゃなかったか?
本当は、僕らは既に色んなことを知っていたのだ。

何が大事で、何が大事じゃないのか。
何がカッコ悪くて、何がカッコ良いのか。
何をやめるべきで、何を理想とすべきなのか。

いつか死ぬことを忘れて、判断を保留してきただけだ。

今回、震災のせいでとても多くの人が亡くなった。残された我々の多くが、忘れていた死を身近に感じた。

結果、多くの人が長らく保留にしていた「理想」を確信に変えた。
確信は、「行動」を生む。

だから僕は、今回の震災をきっかけに、
日本からものすごい量の希望が生まれる可能性を感じている。

この度の大震災により、犠牲になられた3万人近い方、ご家族の方に深くお悔やみ申し上げます

日本には毎年、3万人を超える自殺者がいるのですが、これを境に、自殺者が限りなくゼロになるような国にすることが、僕の理想だ。

さらには、この実績を持って、世界の模範となれば、最高だ。絶望して自殺する人は、世界中に存在する。

転んでも、たたでは起き上がらないのが我々ではないか。

理想の実現にあたって、「可能性」「関係性」「物語性」の底上げをするため、
思考錯誤しながら、行動していくことを誓う。

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